変化とニーズ
安達 昌弘
 アメリカの著名な心理学者でA・Hマズローによると、人は誰しも階段を追っ て欲求を高めて行くが、低次欲求がクリアされないと次の高次欲求にたどりつ けないとされている。
 今から二十数年前になるが、私はある研修で彼の「ニーズハイアラーキー」 の講義を聴く機会を得た。日本が敗戦によってゼロから再出発し、今日に至っ た歴史を振り返った時、その変化があまりに彼の説に酷似しており、忘れ難い 思い出としてその事にふれてみたい。
 私達は物やサービスを売買する経済社会の中にいるが、それ等はその時々の ニーズによって変化して行くのである。その時代々々の社会的ニーズの変化は 個人所得が1,500ドルを超える頃から大きく変化して行くと言うのである。
 戦後の歴史を辿ってみると、昭和三十年頃までは食・衣を求めて必死に働い た生理的欲求の時代であった。昭和四十五年頃に我が国の一人当たり国民所得 は1,500ドルを超えるのであるが、この時代は家電品から高級耐久消費材を求 めた物的欲求の時代であったと言える。これ等の欲求が充足されてくると、飽 和水準のない自己実現の欲求が高まりだすのである。この欲求は心の満足を求 める精神的欲求であり、人それぞれが「生き甲斐」を求め、感性、創造、差別 化、名誉等を重視するようになる。従って自然との交流やサークル活動、ファッ ション、旅行等々、また社会的には公害、交通、医療等広く社会環境の充実を 求めるニーズが生まれてくるようになる。
 日本はこれまでアメリカを見ていれば変化が読めていたが、基本となる個人 所得がアメリカを追い越したのである。つまり教師がいなくなり、自らが道を 探さなければならない時代になったのである。ニーズは更に多様化し高水準を 求め未知の世界に突入すると言う難しい時代を迎えている。
 私達がよく考えなければならないのは、日本は自己実現の豊かな時代に生れ 育った人達が中心になりつつあり、この人達のニーズによって日本が成り立ち 変化して行くということである。
 豊かな時代しか知らない世代のことを考えると、余程政治も経済も考えて方 向づけして行かないと大変なことになるような気がしてならない。
 戦後五十年の来し方を振り返りながら、得難い研修の事を複雑な感慨をもっ て思い起こしている。 
安達 昌弘
昭和5年6月2日生
大阪府柏原市出身・大阪府茨木市在住
〈好きな言葉〉「人間万事塞翁馬」(淮南子)