ふくよかな手
入谷 節子
 九四年一月二十五日深夜、数十年共に悲しみ苦しみ、ある時は感動し歓び、 その時の流れの中に、多くの想いと共に歩んだ人生最大の同伴者である主人の、 この世の最後の時でした。すーっと音もなく、この世界の空気を吸い終えた瞬 間、私はまなこに強く忘れ難い印象としてのこっているもの、それは暖かく柔 らかい手でした。
 ふくよかな決して大きくはない手でしたが、何とよく働いた手でしょう。そ の手の中に一生の働きと想いがこめわれている様に思える。子供が生まれた時 駆けつけ抱きあげた手、お茶を飲み、そっと洗い場まで運んだ手、人との出会 いの中に互いにその想いを確かめ心を通い合わせた手、相手を励ます為そっと 肩に置いた手。「やあー」挨拶代わりに交わす手、肩が凝っていそうな人を見 ると揉みほぐしてあげる手、にこにこしながら好きな駄菓子を持ち帰る手、会 社で受話器を取り、印を押し、書類をめくる手、想い起こせばその手の中にあ ふれんばかりの忘れがたい想いがはらまれている様に思えた。
 主人は「唯心所現」と言う言葉の好きな人でした。想いと現れは一つと言う 意味でとても深い意味がふくまれている仏教用語です。日頃は何かと厳しい人、 冷たい人という印象さえ与えた人ですが、その小さな手の働きの中に、決して 冷たくない生涯の想いの連なりがこめられていた様に思います。今思えば、ま こと心から暖かい人でした。常に人の事を思い、他の為に使った手、この世の 最後の瞬間まで暖かさを残した手、この手で主人は一体何をしたかったのだろ うか。もしかしたら縁あるすべての人の手と手を繋ぎ合わせたかったのでは。
 戦後五十年という事もあってテレビや新聞等で過去の歩みにそれぞれの角度 から焦点をあて、二十一世紀に向かう心構えの大切さを討議する場面をよく見 ます。たしかに政争は終り、一応の平和は続いておりますが、私達の心の内は いかがでしょうか。未だ競争原理だけで戦い続けているのではと思うふしが多々 ある様に思われてなりません。決して内外共に平和とはいかない昨今ではない でしょうか。まわりをみれば不信を抱かざるを得ない出来事ばかり。一体どこ に目標を持ち、何を信じて生きればよいのかと、とまどう人達が増えて来てい るのでは。こんな時代だからこそ明るく暖かい手と手を結び合い、互いに助け 合い補い合うということが大切では  と主人の声なき声が聞こえて来る様に も思います。
入谷 節子
昭和9年4月6日生
香川県三木町出身・山口県下関市在住
〈好きな言葉〉「創造」