思い出の旅
田中丸 善昌
「田中丸コレクションの個展を開いてもらえないだろうか」−メトロポリタ
ン美術館から文化庁を通じて依頼があったのは十九年前のある日のことでした。
当初、母が大反対いたしまして、「日本ならともかく、海外なんて」と。九州
古陶磁器のコレクションは、仕事一筋だった父(故・善八)の唯一の趣味でし
たから「何かあったら」と心配でたまらなかったものと思います。最終的には
「父の七回忌の最高の供養にもなるから」と母も納得いたしました。
さて、実は私の方こそ凄く不安でした。陶磁器の歴史もわび・さびも知らな
い人たちが興味を示し受け入れてくれるだろうか…と。ところが、嬉しい事に
ふたを開けると大盛況で、コレクターの息子ということですごく詳しいと思わ
れたのか、多くの人につかまっては説明を求められ、困り果てました。
生前、父は息子二人に一生懸命古陶磁のレクチャーをしてくれたものですが、
不肖の息子たちで…兄(福岡玉屋社長の善司)と二人で質問と言えば「いくら
ぐらいで売れるの?」でしたから。最後には父も「もう、よかよか」。案の定、
メトロポリタンでは何を聞かれても I don`t know −後悔先に立たず、でした。
メトロポリタンでの五日間の旅は、私に大変大きな影響を与えました。「日
本の美術品が世界的に市民権を得ている」−情報としては知っていましたが、
現地で感じた感動は大変大きなものでした。「デザイン」「カラーコーディネー
ト」等々、アメリカの人たちは、ただ目の前にあるものを純粋に美しいと感じ
とってくれている。ありふれた言い方ですが、外から見て改めて日本の良さを
実感し、ああ、日本人って昔から美的感覚に優れ感性豊かな人が多かったんだ
なぁ、と誇りすら覚えたものです。
経営の姿勢や人生の考え方も、この旅をきっかけに少しずつ変わってきた気
がします。たとえば、三年前の私の店の改装では、大理石にシャンデリアとい
う案もあったが、ぜひ木の床でいきたかったのです。古いものは、古い人が好
き−そうじゃなくても、古いものを新しい切り口でとらえると、新しいトレン
ドが生まれるんじゃぁないか。これが、あの時に得た私の確信なのです。そう
そう、古陶磁器についても、今なら少しは説明できるようになりました。
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田中丸 善昌
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昭和17年11月13日生
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佐賀県牛津町出身・北九州市在住