欲しいもの 必要なもの
松本 攻
結婚式に招ばれると、よく祝辞をおおせつかります。
それで、はなむけの芯に、たびたび引用するのが「欲しいものは買うな、必
要なものを買え」です。じつはこれ、当行を創立した四島一二三の言葉です。
小壮期に孤立無援のアメリカで途を拓いた一二三は、次から次に格言をつくっ
て自分を律していました。表現も飾りがなく、リアルで、すべてが自家用です
から、周辺への公害は絶無でした。
健康格言もユーモラスで、「病気は新芽のうちに徹底的に摘み取れ」はいい
として、「一日一時間は歩くべし、ただし一分間約九十五歩」「入湯は摂氏四
十度」と徹底しています。
一二三は格言マニヤでたくさん生産しましたが、そのなかで出色はこの平凡
な「欲しいものは買うな、必要なものを買え」でしょう。
質素な日常で一本数百円のネクタイを平気でしめていました。しかし、例外
あって、車だけは外車の大型リンカーンを愛用していました。
そのちぐはぐがとてもおかしかったのですが、車は“安全一番”がモットー
で、昭和三十年代の日本車はこの面ではまだまだでしたから、彼の「必要なも
の」は安全期待のリンカーンだったのです。
あるとき、こちらの車線に対向車が突っこんできたので、運転手さんがやむ
なく田んぼに車をジャンプさせたことがありました。乗客は高齢者ばかりでし
たが、全員無事で、その時の得意顔がいまでも目に浮かびます。「必要なもの
は…」の効用を見事に実証して愉快だったのでしょう。
新婚の若い二人が欲しいものを全部満たせば、新生活はたちまち破綻してし
まうでしょう。じっと我慢が大切で、そのかわりに必要なものは思い切ってそ
ろえる。これは現代に通用する大切な生活設計の知恵だろうと思います。
平凡な言葉ですが、明治生まれの頑固者がアメリカ時代の辛酸と、銀行創立
後の奮励を経て到達した言葉だけに、かみしめれば味があり、うなずけるもの
があるようです。
銀行屋さんらしい祝辞だ、と冷やかされていますが、案外に共感されてもい
るようで、これからも風のままに、大切な言葉として若い人たちに捧げていこ
うと思っています。
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松本 攻
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大正12年6月16日生
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熊本県玉名市出身・福岡市在住