祖母との対話
山下 真理恵
 祖母が旅立ってから四十年の歳月が流れ去ったにもかゝわらず、夜空を眺め ると、月の光と、やさしかった祖母の笑顔が二重写しとなり、時空を超えて今 も私に語りかけてくるのです。
 九人家族の私の家では祖母は重要な存在でした。六人の子育てに追われ通し の母は、何でも「おばあちゃんにお聞きなさい」だったのです。
 明治の初期生まれの祖母は寺子屋の出身だったのでしょう。仮名文字は読め ても漢字が読めないから、と小学生の私に新聞を読んで頂戴と頼むのです。私 は大好きな祖母の依頼なので、一日も早く新聞を読んでやりたい一心から必死 で辞書を引く練習をし、国語の勉強に気力が入ったものです。
 併し、今にして思えば、あれ程の物知りだった祖母は、字が読めなかった筈 は無い。きっと私に向学心を燃やさせる為のありがたい策であったのではない かしら−と。今の子供達のように、やれ塾だ、家庭教師だと詰め込み主義の勉 強ではなく、祖母と孫との“ギブ・アンド・テイク”の楽しい毎日だったので す。
 成長した私は、何時のまにか「気学」という目には見えないけれども、大き なエネルギーを持つ気に強烈な関心と興味を抱き始めました。これは幼い心に、 しっかりと刻みこまれた祖母との会話が根底に流れているのです。
 「嘘をつく子供や、人の悪口を言う子供は地獄に連れて行かれて閻魔さまに 舌を抜かれてしまうとよ」「痛いからイヤーン」「お利口さんは、お釈迦さま が極楽に連れて行って下さるとよ」
 こんな幼稚な対話が現在の私の支えなのです。激しい競争社会を生き抜かね ばならない現在、私の心の中は地獄、餓鬼、畜生、修羅、天上の六道輪廻の毎 日のような気がします。心の持ちようで、地獄から極楽浄土までを行ったり来 たり、何とまあ忙しく目まぐるしいことなのです。一日中が佛タイムの連続と いう訳にはなかなかいきません。併し私は一日の終わりに必ず夜空を仰いで祖 母に話すのです。「おばあちゃーん。今日の私は鬼タイムはなかったよ。あり がとう」と。 
山下 真理恵
昭和3年10月26日生
福岡市出身・福岡市在住
〈好きな言葉〉「輪廻転生」