我が社の歴史

 

2018.3

Macのiデバイス用テクノロジーを開発にするためにi-T開発室を設置

2017.2

創立満年齢70才,耐震診断結果をうけて耐震補強を実施、加えて内外装を一新

2016

ISOから自社製PQC(ペーパーレス・クオリティ・コントロール)取り組み開始.またPepperやDroneなど導入し建築への利用を模索中

2015 情報革新4  業社さんに支払い通知をファイルメーカーWebDirectで運用開始
2014 情報革新3   BIMを設計図、施工図に導入開始

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設計施工 福岡アイランドシティ完成

2013 情報革新2 ファイルメーカーに一元化
2012 Mac推進委員会設置 パソコンwinからMacへ移行開始
2011 iPhone,iPadを全社員に配布、情報革新に取り組み開始
2009  代表取締役社長  髙藤 元太郎 就任
2007 当社初めての中高層柔構造で賃貸アパートを建設しました。外部はコンクリートパネルです

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平成19年 高藤アパートメント完成

2006

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平成18年 創立60周年を迎える

2005 平成17年 交通安全優良事業所として表彰を受ける
2004 平成16年 髙藤元太郎取締役 副社長に就任
2003 平成15年 日南事業所を開設
2002 平成14年 ISO9001シリーズ2000年度版を認証取得
2001
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西郷南州翁遺訓発刊

平成13年ISO9001取得に向けて社長キックオフ宣言 創立55周年

2000 平成12年 徳山支店15年連続無事故、無災害記録達成
1999

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平成11年 ゼンリンテクノセンター建築文化賞を受賞

1998 平成10年 髙藤社長建設大臣表彰を受賞 サッポロビール新九州工場建設工事を共同企業体で受注
1997 平成9年 「混合構造構法」の特許取得 全社ネットワーク化完了
1996 平成8年 創立50周年を迎える  神戸営業所を開設 

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記念図書「忘れられないこと」を発刊

1995
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平成7年 阪神淡路大震災発生

大阪支店の昼夜の支援活動 

 

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「藤友」300号発刊の節目をむかえる

1994 平成6年 新門司倉庫竣工
1993  平成5年 2年連続全社ゼロ災害記録を達成 日本建築学会で新構法の研究発表 大阪支店開設30周年を迎える
1992   藤友」発刊30周年
1991  平成3年 新資本金2億円 創立45周年を記念し15年ぶりに増資 第二の創業にふさわしいコーポレートマ-ク、 コーポレートメツセージを選定  創立記念事業として                  、国際協力事業団を通し当社で 受け入れ研修、 ささやかな国際貢献

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マレ-シアからの研修生2名

 

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「伝えたいこと」発刊

 1990  超大型工事特命受注 受注工事高、完成工事高ともに100億円を突破

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平成2年阪九フエリ-㈱新門司旅客フエリ-タ-ミナル

1989

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平成元年 創業者 髙藤國太郎会長死去

1988 昭和63年 第一回福岡地区藤球会を開催
1987 昭和62年 福岡支店業容拡大に伴い事務所移転
1986

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創立40周年

   昭和61年  大阪支店が第六回大阪都市景観建築賞を受賞

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記念図書「父親のひとこと

1985 昭和60年 髙藤サービス株式会社設立
1984 昭和59年 献血で日本赤十字社より感謝状受く
1983 昭和58年 第一回QC発表大会開催
1982
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中国からの研修生・武保和君当社にて勉強

昭和57年 北九州市優良建築物に「ノルウェー海員教会」が選ばれる 

1981 昭和57年 創立35周年を迎える 藤友誌国会図書館入り 福岡県新庁舎警察棟JV工事竣工
1980 昭和55年 髙藤國太郎会長「中小企業経営委員」の委嘱を受ける
1979 昭和54年 髙藤國太郎社長が会長へ,新社長に髙藤昌和就任 徳山営業所を支店に昇格
1978 昭和53年 福岡営業所を支店に昇格
1977 昭和52年 高等職業訓練校閉校
1976

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昭和51年 創立30周年 オフコン稼動

s51yutaka資本金1億6千万円に増資 多角経営、ユタカビジネスホテル開業
1975 昭和50年 完成建物の定期診断制度発足
1974
高等職業訓練校1期生卒業 藤栄建工㈱設立飯塚営業所開設s49jyusyo1
1973 昭和48年 土木部社員北海道へ研修出向
1972  髙藤昌和専務に就任 北海道より技能労務者を招集

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昭和47年 大阪営業所、支店に昇格

1970 昭和45年 資本金1億5百万円に増資 藤友100号を記念号発刊 コンピューター導入
1969 昭和44年 経営理念制定 安全衛生協力会発足 各出張所を営業所に昇格
1967 昭和42年 資本金7千万円に増資
1963 昭和38年九州ビル興業の大和会館新築工事を機に大阪出張所を開設した。 大阪は社長の生誕の地でもあり何かの因縁だったのかもしれない。工事の大型化は定着し、現社屋でもある、双信工業本社新栄病院、 鎮西女子学園、豊国高校などの受注があった。
1962 昭和37年わが社始まって以来の業績、社内誌「藤友」発刊   お客様との懇親ゴルフ会「藤球会」が門司ゴルフ場で開催された。社内では野球部が再編された
1961 昭和36年5月に一期の九州歯科大工事を完成させ、高く評価された。
1960 昭和35年工事契約高は4億を超え民間の設備投資も増えてきた時代。
1959

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昭和34年九州歯科大学学部棟改築工事を受注。一物件で1億240万円

1958 昭和33年景気回復と共に業績も好転。
1957 昭和32年神武景気を迎えたが中盤から金融引き締めが実施された。 土木は好調でアスファルトプラントやロードローラーなど購入した。
1956 昭和31年土木部が活況を呈し業績も回復した。
1955 昭和30年社長50才をむかえ世界経済も好調でいいスタートだった
1954 昭和29年市営住宅など好況で完成工事2億1千万となった

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昭和29年正月

1952 昭和27年完成工事高1億500万円。資本金を2500万円に増資。 「一人三役分の働き」が社長の檄だったという
1951 昭和26年完成工事高6370万円、資金繰りの苦しい時期だった。
1950 昭和25年初めての鉄筋コンクリート(RC構造)工事を受注。県営アパートで工費600万円、 この年の完成工事高は6490万円だった
1949 昭和24年資本金100万円に増資。屋号を現、高藤建設㈱に変更。
1948 昭和23年熊本出張所開設するも赤字。東京、鹿児島、熊本を閉鎖。
1947 昭和22年門司の古城小学校の災害復旧工事、日通門司支店など受注、 完成高は1800万円と急上昇。資本金も50万円に増資
1946
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当時の社屋

 昭和21年2月25日資本金19万5千円で株式会社 高藤組設立 高藤国太郎42才の厄年。参加したのは末広弥太郎、中島益造、 元倉三郎.森森光、田中兼清、中島栄、笹尾省吾、大隈勤吾、 田村保、渡辺裕義、伊藤延治。 東京、鹿児島、福岡、下関、広島に、営業所や出張所を開設した。 初年度の完成工事は280万円。